情熱弁当
「母の味」は忘れない
ボクの母は、約10年前にこの世を去りました。
>>>そして、星になった
今もなお、鮮明に記憶に残っているものが2つあります。
ひとつは、母の声。
もうひとつは、母の料理の味。
母は19歳で結婚し、21歳でボクを産みました。
遺影を見ないと顔は思い出せなくなってしまいましたが、不思議なことに声は今でも鮮明に蘇ります。生まれたときから一番近くで聞いてきた声だからでしょう。
そしてもうひとつ、はっきりと覚えている料理があります。
「キャベツと玉子の炒めもの」

ざく切りのキャベツをフライパンで炒め、そこに玉子を割り入れてさらに炒める。
味付けはせず、食卓でそれぞれが醤油を垂らしていただく。
料理というほどもないけど、簡単にできる一品です。
母は3人の子どもをワンオペで育て、飲食店の仕込みもしていた。
「呑む」「打つ」「買う」に忙しい父は一応いたけど、家庭にはおらず。
とても孤独な子育てだったでしょう。
決して豪華な料理ではありません。
でも、母の手から生まれるその一皿は、他のどんなご馳走よりも心に焼き付いています。何度も食べたからねぇ。
母の味の本質
よく「母の味」と言いますが、実は料理そのものの味なんて二の次かもしれません。
材料や調味料よりも大切なのは、「息子のために」「家族のために」と台所に立ってくれた、その想い。
だからこそ、母の肉体がなくなっても、その料理の味は心に残り続ける。
「食べる」という体験は、ただ栄養を摂る行為ではなく、幸せの記憶をつくる行為なのだと思います。
今、食事作りに悩んでいるお母さんへ
毎日のご飯づくりは、本当に大変です。
「今日の献立どうしよう」と悩み、時には「もう面倒だ」と感じることもあるでしょう。
けれど、どうか忘れないでください。
そのひと皿は、必ず家族の記憶に残ります。
今すぐ感謝されることはなくても、いつか必ず「あれが母の味だった」と思い出す日が来ます。
料理の腕前やレシピの特別さなんて関係ない。
家族のために作る、その気持ちこそが宝物です。
ボクが覚えている「キャベツの玉子炒め」のように。
母の味は、決して忘れられません。
たまには料理をお休みするのも、いいアイデアです。
他の人が作った料理を食べるのも、一種の勉強ですし。
料理づくりが、ちょっと負担になりそうなら。
思い切って、情熱テイクアウトなどで、ぜひ当店に甘えてくださいね。
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