情熱弁当
理想を押しつけない食。心にやさしい無添加のかたちとは?
最近、特によく思うことがあります。
食材の見極め方や、食べ方や食養、
また調理法には本当にいろんな考え方がありますよね。
オーガニックがいい、無添加がいい、
発酵食品がいい、プラントベースがいいなどなど。
それぞれに「正しさ」があって、
みんながそれを一生懸命に選んでいます。
でも、こだわればこだわるほど、
その選択を善か悪かの二択で
グレーの中にこそ、人の温度がある
ボクは、その中間にある「グレー」こそが人間らしさだと思っています。
白か黒、0か100ではなく、
70でも、55でも、その人に
ちょうどいいところがあっていい。
「こうじゃなきゃダメだ」と思い込んでしまうと、他人にもその価値観を押しつけてしまうことがある。
食の世界も同じで、
「それは悪い」「これは正しい」と
線を引いてしまうと、
本当のおいしさやぬくもりを
見失ってしまうように思うのです。
こだわりすぎると、時に周りが見えなくなることも多々。
情熱弁当が大切にしているのは、
「正しさ」ではなく「心地よさ」です。
無添加や国産食材にこだわるのは、それがたったひとつの正しさではなく、
「その方が、身体も心も気持ちいい」から。
食べる人が笑顔になれて、
つくる人も気持ちよく仕事ができる。
そんなちょうどいい場所を、
これからも探していきたいと思っています。
あなたの正しさより、心地よさを優先したいから。
無理をしない「こだわり方」
例えば、情熱弁当のように、
食材をすべて基準通りにそろえ、
無添加で丁寧に調理してということを、
一般のご家庭で毎日実践するのは、
正直かなりハードルが高いと思います。
旦那さんやお子さんのお世話、掃除、洗濯、お風呂の用意…。
一日があっという間に過ぎていく中で、
料理だけに長時間を割くことなんて、なかなかできることじゃありません。
しかしボクの場合は、店主として食の仕事に集中できる環境にあります。
独身で子どももいないので、自分のことだけをやればいいし、
洗濯を毎日するわけでもない。
20年ほどかかった両親の介護も、今はもう終わっています。
だからこそ、仕事に没頭できる時間が長いだけの話。
同じようにできないからといって、
自分はダメだと思う必要なんて、
まったくありません。

できる範囲で、丁寧を楽しむ
本当に大事なのは、
「正しさ」よりも「気持ちよさ」。
たとえば、無添加の調味料を一つだけ使ってみるとか、旬の有機野菜を少し増やしてみるとか。
そんなできる範囲のこだわりでいいんです。
食卓は競争じゃなくて、暮らしの一部。
誰かのペースを真似するより、
自分にとって心地いいリズムを見つけることが、いちばん続くし、いちばん優しいと思います。
現実的な無添加、という考え方
ボク個人としては、
我々のように仕事としてお客様からお金をいただいている立場であれば、
素材選びも調味料も、理想を追いかけ続けるのは当然のことだと思っています。
でも、そうでない場合──家庭で家族のために料理をしている方々は、
自分のできる範囲でいいと思うんです。
それが現実的な無添加や、自分なりのオーガニックの形。
すべてを完璧にする必要はありません。
たまには、そういった選択をお休みしてもいい。
脱線して、ファストフードを食べるような日があっても、ボクはぜんぜんいいと思っているんですね。
大事なのは
「楽しくずっと続けられること」。
一度だけ極端に頑張るよりも、
日常の中で無理なく心地よく続けられることのほうが、
ずっと意味があると思うんです。
今日が少し雑でも、明日はまた少し整えればいい。
そんなふうに、自分を責めずにゆるやかに暮らすことが、
いちばん身体にも、心にもやさしい。
続けられることが、いちばんの正しさと考えてみてはいかがでしょうか?

情熱弁当の“ちょうどいい食”
情熱弁当が目指しているのは、
完璧な理想を押しつけることではありません。
あなたにとっての、ちょうどいい食。
食べる人がほっとして、
作る人も笑顔でいられる、
そんな心の余白を持ったごはんです。
ボクはこれからも、
白でも黒でもない
「グレーのあたたかさ」を大切に、
現実に寄り添った無添加の形を探していきたいと思います。
「今日もあなたのペースで、心地よく。」
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