情熱弁当
足るを知る料理
「足るを知る」という言葉があります。
中国の古典『老子』の中にある「知足者富」という一節が元で、
意訳すると「足ることを知る者は、心が豊かになる」という意味です。
これは我慢しろとか、欲を持つなということではありません。
本当に必要なものは何かを見極め、そこに満足できる人ほど、
余計なものに振り回されず、ブレがなくなる。
そんなしなやかな強さと、幸せの大切さを表した言葉です。
これ、料理でも言える考え方なんですよね。
がむしゃらに積み上げるのではなく、本当に必要なちょうどよさで止める。
料理を作っていると、「もう少し味を足せば安心なんじゃないか」「これだけだと物足りないんじゃないか」というシーンに出会います。
若い頃のボクはまさにその典型で、調味料も手間も足せば足すほど良くなると思い込んでいました。
でも、仕事で料理を続けていくほど分かってきたのは、その逆でした。
調味料をひとつ足したとたんに、なぜか全体の味がぼやけることがある。
料理は「足す」より「どこで止めるか」で決まるという事実でした。
上手く言えないのですが、引き際のようなもの。
何度も味見をして味が決まらないとき。あれこれ加えるほど、かえって訳のわからない味になる。
そしてこの考え方は、料理だけではなく、情熱弁当の店づくりにも通じています。
たとえば、ほぼ毎週末に開催している、店頭での惣菜販売会
「情熱テイクアウト」。(直近は今週日曜日30日)
使う容器は、あえて簡素なものにしています。
最近だと、バイオマス使用の容器や袋など。
唐揚げとかだと、揚げたてもあって紙袋とか。
デパ地下に行けば、惣菜や弁当は、凝ったパッケージや鮮やかなシールが貼られて並んでいます。商品を魅力的に見せるために華やかに装飾するのが定番です。
でも情熱テイクアウトは、「家庭で食べるお惣菜」がテーマです。
お客さまは家に帰って、お皿に盛りつけて食べる方がほとんど。
だから容器を派手に飾る必要はあまりありません。
衛生的で、運びやすく、シンプルであること。
そのほうが、お惣菜そのものの姿が素直に伝わる。
派手さよりも、どちらかと言えばエコ寄りですね。
これもまた「足るを知る」の一例だと思っています。
過剰に足さないことで、むしろ本質が際立つ。
ボクの料理にも、情熱弁当そのものにも共通しています。
足すことは簡単です。
止めること、引くことのほうがずっと難しい。
でも、そのギリギリのラインに、料理の面白さがあって。
素材、調味料、時間、手間。
その掛け算の中から“ちょうどいい”を見つける作業が、料理そのもの。
必要以上を足さない。足さなくても満足できるものに仕上げていく。
それがボクの料理の本質であり、情熱弁当の根っこにある価値観でのひとつです♪
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