2026/07/29
ボクが小学校高学年まで住んでいたのは、名古屋市昭和区にあった木造アパートの二階の部屋でした。
部屋は4畳半と6畳の二間だけ。
風呂はなく、トイレだけはある。
そこに、家族5人で暮らしていました。
今思えば、よくあの狭さで暮らしていたなぁと思います。
布団を敷く場所も足りなくて、母の布団はありませんでした。
母はいつも、こたつで寝ていました。
子どもの頃は、それが当たり前だと思っていたけれど、大人になってから考えると、なかなか大変な暮らしです。
自宅に風呂がなかったので、週に何回かは、田代本通りにあった銭湯へ行っていました。
母ひとり、子ども3人。
銭湯で身体を温めた帰り道、近くにあった小さなお好み焼き屋さんに寄ることがありました。
そこでたこ焼きを買って、4人で食べながら歩いて帰る。
たったそれだけのことです。
けれど、ボクは今でもその場面をはっきり覚えています。
湯冷めしないように歩く夜道。
手に持った、熱々のたこ焼き。
見上げると、お月さまがこちらを追いかけてくるように見える。
「お月さまが、ずっとついてくるねぇ。」
「ここのたこ焼き、いつも美味しいねぇ。」
そんなことを話しながら、母と兄弟で歩いて帰りました。
もう50年近く前の話です。
それでも、不思議なほど覚えているんですよね。
決して裕福な家庭ではありませんでした。
欲しいものを簡単に買ってもらえる家庭でもなかったし、家も狭すぎて、友達を呼んで遊んだ記憶もほとんどありません。
今の感覚で言えば、かなり不自由な暮らしだったと思います。
それなのに、風呂上がりに食べたたこ焼きの記憶は、ボクの中に温かく残っている。
「なぜ、そんな小さな出来事を覚えているのか。」
たぶんそれは、家族で同じ時間を過ごしたからだと思うのです。
たこ焼きそのものが、特別に高級だったわけではありません。
有名店だったわけでもない。
でも、母と子どもたちで、同じものを食べて、同じ夜道を歩いて、同じ月を見ていた。
それが、思い出になったんだと思います。
食事の価値というのは、値段だけでは決まりません。
もちろん、良い食材を使うこと。
丁寧につくること。
身体に負担の少ないものを選ぶこと。
それはとても大切です。
でも、それだけではないんですよね。
誰と食べたか。
どんな気持ちで食べたか。
その時間を、誰と共有したか。
そこに、食事の本当の豊かさがあるように思います。
高価な料理を食べても、心が別々なら、記憶には残りにくい。
反対に、たこ焼き数個でも、家族で笑いながら食べたなら、それは一生の思い出になる。
今、情熱弁当で料理をつくっていても、そこは大切にしたいと思っています。
ただお腹を満たすだけではなく、その先にある時間まで含めて届けたい。
忙しい日の夕食でもいい。
休日に家族で食べるおかずでもいい。
冷凍庫に入っていることで、少し安心できる一品でもいい。
その料理が、家族の会話のきっかけになったり、
同じものを食べて美味しいねぇと言える時間になったりしたら。
それは、料理人として本当にありがたいことです。
食事は、ただの栄養補給ではありません。
家族で同じ思い出をつくるための、いちばん身近な時間でもある。
豪華でなくても、完璧でなくてもいい。
同じものを食べて、同じ時間を過ごす。
その積み重ねが、きっと後から振り返ったときに、家族の大切な記憶になるのだと思います。
ちなみに父は、今で言うところのモラハラ男で、家ではいつもガミガミ怒鳴っている人でした。
だから、こういう楽しい思い出には、だいたい登場しません。笑
母と子どもたちで歩いた、銭湯帰りの夜道。
あの時のたこ焼きの味を、ボクはたぶん、一生忘れないと思います。